2009年5月30日土曜日

今日の晩酌のアテ「水餃子」

週にヘタをすると5日は寄る「瑞麟」。
仕事を終え、ハイヤーで三宮に帰ってきたのが午前3時前だった。

私にとって晩酌の時間である。
今日は久しぶりに水餃子を注文した。

客の顔を見て作り上げる水餃子は少々(と言っても10分)かかる。
オヤジはいつものように円卓にこしらえた
「簡易ベッド」で眠りこけている。

息子のやっくんが作ってくれた。
キャベツと白菜、ニラのみじん切り、それに豚ミンチ、
調味料は塩、醤油、化学調味料であろうか、、、
ニンニクは入れていない。

絶品である。

酢醤油に少し浸して食する。具材と調味料が混然一体。
「こんな旨い水餃子を深夜に食べていいのだろうか?」という
罪悪感さえ募る思いである(大げさ(^^;

やっくんいわく、、、
オヤジさんが修行時代には、まかないで1人200個は食べさせさせられる
「餃子の日」というのがあったらしい。

ノドにつかえるまで食べても容赦ない。
「もっと食え」と命令される。
その場合、生のニンニクをかじって唾液を出して食欲を取り戻し、
さらに詰め込んだという。こうなると地獄に思える。

中国本土において、基本的に餃子は水餃子であるし、
ニンニクは入っていない
(台湾などでは焼き餃子もあればニンニク入りもある)。

そもそも、日本人に親しみのある焼き餃子は残り物だったという。
茹でた水餃子を大量に貰って残った場合、茹で直してもダメ。
では焼いてみよう、というのが始まりだったという。

また、水餃子を大量に作る際、皮をきちんと閉じないと、
湯の中で餃子が崩壊して悲惨な状況となる。
だから、日本で皮をゆるく締めても成り立つ焼き餃子が浸透した……

いずれにしても、中国の食の歴史は深過ぎる。
いや、日本食の貧しさを痛感させられる話ではある。

その片鱗を深夜、
または明け方の三宮で食べられるのは幸せなことなのだろう。

写真は5月30日午前3時26分
RICOH Caplio GX100(RAW)
f=2.7, 1/40, ISO=200, -0.3EV, Center, 28mm(35mm換算)
SILKYPIX Developer Studio Pro

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