2007年6月12日火曜日

80年代初めの汐留

学生時代、首都高速道路の料金所で収受員のアルバイトをしていました。勤務地は主に汐留乗継所で、呉服橋や銀座の料金所にも派遣されました。高速道路の料金所というのは、今でこそETCが普及してリストラされています。当時は回数券か現金でした。首都高速の基本料金は普通車で500円だったと記憶します。

このアルバイトが大変な高給でした。朝9時~翌朝9時までの日勤+夜勤(仮眠3時間)を通しで勤めると、13000円くらいでした。思い切り働くと、月に手取り20万円を超える収入。源泉は差し引かれていたと思いますが、学生の身分ゆえ、税金は照会通知が来ても無視してましたから……時効ですよね(^^; おまけに一定期間勤続すると半期で20万円ほどの「ボーナス」ももらえました。アルバイト仲間の一人は学生の身分ながら、フェアレディZ(3000cc)の新車を現金で買いました。

私はそのころ、実家から生活費だけで20万円の仕送りを受けていましたので、合わせて月に40万円ほどの収入です。現在の貨幣価値に換算すると倍近くになるのではないでしょうか? 今より豊かな生活だったかもしれませんね、、、それらはすべて麻雀やお酒、デートに消えてしまいました、、、。
写真は汐留付近だったと思うのですが定かではありません。クレーンの形状から建設関係の方なら、もしかするとおおよその見当が付くかもしれません=81年11月撮影。

今でこそ、汐留地区は土地区画整理事業による再開発で日本テレビや共同通信、電通などマスコミ関係の巨大ビルが立ち並ぶ「汐留シオサイト」に生まれ変わりました。当時は30haを超えるただっ広い貨物線の基地でした。

画像の四隅がケラれたように暗くなっています。これは「周辺光量落ち」などと呼ばれ、レンズ性能を評価する際のマイナスポイントになることがしばしばです。でも、私は今でもこの特徴が嫌いではありません。デザインの世界で「隅押さえ」といって、四隅のどこかにロゴなどを配置して全体の印象を引き締める手法があります。それに似た効果を生む、と考えているのです。
Canon EF/50mm(f=1.4),PKM
EPSON GT-X900,SILKYPIX Developer Studio 3.0